(辛いできごとについての記事です。)
おはようございます。
昨日の10時頃、志村けんさんの死去をLINEニュースの速報で知りました。
信じられませんでした。
涙が出てきました。
大変失礼ですが、特別ファンだったという事ではなかったのです。
私が小さい頃、ドリフターズも風雲たけし城も家では禁止されていたし、どちらもちょっと苦手でした(すみません)。
大きくなってからも、バカ殿様はちょっと苦手なところがありました。
ただ、高校生になってダウンタウンにはまって、ウッチャンナンチャンの番組やボキャ天(初期の頃)を楽しみ、社会人になってしばらくしてM-1の面白さに気づきお笑いのライブに沢山行くようになる中で、だんだん「レジェンド」の存在に敬意を抱くようになりました。
先達の存在があって、今自分達が楽しめている世界、自分が応援している人達の土台ができてきたんだなと。
好きとか嫌いはもう超えて、存在する事が当たり前で、いてくれるだけで「安心」できる存在、そういう方々の1人だったんだ、と気づきました。
また、ショックが大きかったのは、けんさんが私の母とほぼ同い年(一つ違い)だから、という事もあります。
母は大丈夫だろうか?もし母がかかってしまったら?と、本当にぞっとしました。
これまでも同年代、いやもっと若い世代の感染例は聞いていたし亡くなった方もいたけどどこか「うちの母は持病もないし」「大丈夫」と思っていた。
けんさんも、根拠はないのに「きっと大丈夫なんじゃないか」と捉えてしまっていた。
やっと、これが、つい先日大曲先生が記者会見でおっしゃっていた事なのか、と身に染みて実感しました。
あぁ、コロナとずっと戦ってきた医療従事者の方々は、ずっとこんな思い、手を尽くしたのにあっという間に亡くなってしまうという悔しさ、辛さ、そして「なのにもしかしたら回避できた感染者」が増えるという虚しさと戦ってこられたのかとも思いました。
(遅い・・・。)
涙が流れたのは、何か張りつめていたものが切れてしまったのかも知れないです。
思わないようにしようと思いがどっと流れてきてしまった。
戻りたい。
コロナがこんな風になるなんて思ってもいなかった頃に。
いや、正確には「戻りたい」じゃない。
「コロナがないはずの、本来あるはずの日常に戻りたい」んだ。
本当だったら今頃、各地はお花見のお客さんでぎゅうぎゅうだっただろう。
海外からのお客さんもいっぱいで、どこの観光名所も大混雑で旅館もお店も忙しくて大わらわ。
町は来たるオリンピックに向けての高揚感であふれ、毎日のようにイベント目白押し。
卒業式でお友達や先生と思い出を噛みしめ、そんな我が子の姿に涙する親御さんも沢山いただろう。
頑張って準備してきた結婚式を友人たちに祝ってもらい、新婚旅行を楽しんでいる人も沢山いただろう。
我が家は我が家で長男の七五三の計画を練り、ゴールデンウィークあたりに前撮りでもしようか、リノベ楽しみだなぁなんてウキウキしていただろう。
そしていよいよオリンピック。聖火リレーを走る志村けんさんの姿をニュースで「当たり前」のように見ていただろう。
そんな日々に戻りたい!
張りつめて、今まで抑えていたものがぷつっと切れてしまった・・・という感じでした。
でも待って。
諦めてはいけない。
先週末、「外出自粛」の東京の映像、それでも出歩く人々の姿に肩を落としたけれど(勿論中にはどうしようもない人も沢山いたはず、決めつけてはいけない)。
でも、人出はとても少なかった。いつもよりとても少なかった。
それは、目に見えない「頑張っている」人達が沢山いるから。
頑張っているのは自分だけじゃない。あなただけじゃない。
ひとりぼっちじゃない。
頑張ろう、一緒に。
辛いニュースばかりじゃない。
本市1例目の20代女性の方は完全に回復されたためPCR検査を実施し結果2回とも陰性で本日午後無事に退院されました😊今後保健所において4週間の健康観察と精神面でのフォローも実施します。これで本市感染者のお2人が無事退院されました。一時は重篤な状態で心配しましたが本当に良かったです😊
— 熊本市長 大西一史 (@K_Onishi) March 24, 2020
この方のお母様も完全に回復されたとの事。
これから長い道のりになるけど、なんとか頑張って、ガマンして、日常を過ごしていこう。
辛くなったら、けんさんが造ってくれた礎のもと私たちが享受できる沢山の「お笑い」の動画を見て、笑えるか分からないけど肩の力を抜こう。そしてたっぷり寝よう。
けんさん、そしてこれまで無念の中亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
ありがとうございました。